
司会 本日は、新対談コーナー「人生万才」に藤堂輝明さんと高山亀雄さんにご登場いただきました。早速ですが、お二人は、どこでお知り合いになったのですか?
藤堂 私たちは、九州は久留米出身の同郷でなんです。高山さんは一族で、銀座・赤坂・新橋に「有薫」という九州郷土料理の店を経営されている方で銀座店の店主である高山さんの実のお姉さんを通して知り会いました。
高山 初めてお会いしてから、何年になりますかね。私の姉は、今、96歳ですが、藤堂先生の大ファンなんですよ。すごか人じゃと言うとります。
司会 お姉様が96歳とうことは、高山さんは、おいくつになられましたか?
高山 はい、今年91歳になりました。
藤堂 本当に元気ですね。今も、現役で毎日、赤坂のお店に出られているんですね。常連には、各界の有名人がたくさんいて、高山さんに癒されに来ると聞いていますよ。実は、私もその一人なんです。九州弁そのままで話しながら、ふるさと九州の味を満喫できます。馬刺しや沢山の海の幸、めずらしいところでは、有明海の味むつごろうも楽しめます。毎日空輸されたものだから新鮮です。元気にならない訳がないですよ。
司会 高山さんは、皆さんから“とうちゃま”とか”カメさん”と呼ばれているそうですね。
高山 はい、お客さんや、周りの人に大事にしていただいて感謝・感謝です。 戦争にも行ったのですが生きて帰ることができました。
逆境こそ成長の因
藤堂 若い頃は、大変なご苦労をされたそうですね。
高山 私の青春時代は、親の事業の失敗による苦労と戦争の真っ只中にありました。苦労して陸軍幹部候補生の試験を受け、少尉としてシンガポールやマレーシアにも行きました。クアラルンプールでは、捕虜生活も経験しました。辛かったですが私は「何でも良いほうに考える」様にしていましたから、なんとか生き抜いて来られたと思います。でも戦争は、二度と起こしてはいけません。
藤堂 まったく、その通りです。私の若い時は、芸人一家に育ち、食べるものにも事欠く時代でした。楽しいことより辛いことの方が多かったです。でも、苦しいほど喜びも大きく感じます。人からは、よく逆境に強いと言われますが、若い時に苦労した事が、後の人生に必ず生きると言えますね。
司会 ご苦労を乗り越えられてこられたお二人の元気の秘訣は、なんですか?
高山 まず、毎日お店に出ること・働くことが楽しい・今日は、どんな人と出会えるかと思いながら働いていますが、そういうことが健康につながっていると思います。あとは、好き嫌いなく、何でも食べることや、絶対無理は、しないことですね。ホームドクターを持ち、体調には、いつも気をつけていますよ。
藤堂 私も、好き嫌いなく食べますよ。又、舞台人ですから、体調には、いつも気をつけています。仕事で地方に行くことも多いのですが、出来る時は、ジョギングもしています。また、高山さんがおしゃっていましたが、周りに感謝する、その心が一番大事だと思います。心と体が健康であることで、はじめて、よい仕事が出来ます。お客様に喜んでいただきたいですからね。
報恩を胸に日々全力投球
高山 そうですね。人との出会いも健康を維持していく上で大切なことですね。私も、昭和34年に東銀座に姉が1号店を開いて以来、これまで、たくさんの方々との出会いが私を支えて下さいました。その中で印象に残るのは、、直木賞作家の壇一雄氏の言葉です。「何のその、百年後は、塵芥」「カメしゃん、今日いくら儲けて、生涯でたくさん儲けて、大金持ちになったとしても、百年後生きている孫たちは、ああ、じいさんは金持ちだったな、ぐらいにしか思わんよ。よほどの名声を誇っていた人でさえ、後世まで名前が残っているのは,ほんのひとにぎり。だから、今日という日を一生懸命生きることじゃ。生きて世に恩返しをする様になると、充実感が生まれてくる。日々充実していれば、こんなうれしいことはなか。あまり、先のことまで思い悩まんほうがよか。」この言葉がいまの自分に大きく影響していると思います
藤堂 私も、東京に出てきて今年で民謡歌手45周年を迎えます。最初は、アルバイトをしながらの勉強でした。民謡酒場でも働きました。その頃、唄を教えてくださった師匠や周りで応援して下さった皆さんのお陰でここまで来られたと、心から感謝していますし、益々頑張りたいと思っています。
民謡は日本人のエネルギー
司会 9月には、45周年を記念して新曲が発売されるそうですね。それに記念の公演もあるそうですね。
高山 それは、すごい!おめでとうございます。
藤堂 そうなんです。9月24日(祝月)九段会
館で「民謡音楽会」〜人と我と45年〜と題して、民文連舞踊団「若竹」をはじめ、ゲストの皆さんやお世話になった沢山の方々にお越しいただき賑やかに楽しく開催していきたいと思っています。又、45周年を記念しこの度、新倉理事長に作曲をお願いし、「男の大地」という素晴らしい作品を頂戴しました。北海道開拓に命をかけた“依田勉三”をモデルに創作された楽曲です。お越しいただいたお客様が益々元気になる様に一所懸命頑張ります。
司会 民謡には、日本人の心を揺さぶるエネルギーがありますね。聴いていると心が暖かくなり元気になります。
藤堂 そうなんです。私は、よく養護老人ホームの慰問に行くのですが、ある時、車椅子に乗り集まってくるお年寄りの顔がなんとなく元気が無い時がありました。真心込めて唄い続け、ショーの終わりに頃には、皆さんの笑顔がはじけ、顔に赤みが差していました。本当に嬉しかったです。これからも、民謡を通して、社会のお役に立って行きたいと思っています。高山さんも、以前から、老人ホームの慰問を続けられているのは、地元では有名ですね。
高山 はい、毎年9月15日の敬老の日には、ふるさと久留米市にある養護老人ホームを慰問しています。昭和37年が最初ですから今年で45回目になりますね。
司会 一言に45回と言っても、大変なご苦労があったことでしょうね。
高山 はい、はじめの頃は、偽善だと中傷を受けたことがありました。私は、偽善と言うなら死ぬまで続けてみせようとかえって闘志を燃やしました。また、ある人は私に「若い人に慰問してもらう年のおまえが、お年寄りを慰問して酔狂な」と言われますが、年をとっても、人のお世話ができ、喜んでもらえるのは幸せです。だから、他人のためでなく、自分のためにしようと考えています。「来年もお会いしましょう」と言ってくれる人がいるかぎり、続けるつもりです。だから、皆さんにさよならとは、決して言わないんです。
今こそ教育の原点に
司会 益々、ご活躍のお二人ですが、今の若い世代に伝えたい事はありますか。
高山 今の時代、もう一度教育の原点に帰ることが一番大事だと思います。学校の教育方針は勿論のこと、家庭での教育も、もう一度考え直すべきだと思います。このままでは、日本は、危ないと危惧しています。
藤堂 私も、同感です。今の現象は、私たちの世代に責任があると反省すると同時に日本の良き伝統文化を復活させていくことが、必要だと思います。そのためにも、私は、民謡を通して、頑張りたいと思います。
高山 そうですね。まだまだ、私たちがやらねばならぬこと事がたくさんありますね。いっしょに頑張りましょう。
PROFILE
藤堂輝明(とうどうてるあき)
昭和17年福岡県久留米市生まれ。昭和36年に全国大会で優勝。現在コロムビアレコードに所属。男性民謡歌手四天王の一人として活躍し民謡界をリードする。
高山亀雄(たかやまかめお)
大正5年福岡県久留米市生まれ。昭和27年久留米市内に姉カツヨと共に九州郷土料理店「有薫酒蔵」を開店。現在グループ5店舗を経営する。平成18年に社会文化功労賞受賞。 |