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■機関紙 平成20年1月 第58号>> ◇桐ヶ谷専一◇天野りえ

■機関紙 平成19年9月 第57号>>

photo ◇藤堂輝明◇高山亀雄

◇桐ヶ谷専一◇天野りえ
機関紙 平成20年1月 第58号

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今が一番幸せ!

天野 お会いするのは「清光会チャリティーショー」以来です。大変お世話になりました。
桐ヶ谷 舞踊団ともども素晴らしいステージでした。ありがとうございました。実は京都へ妻(84歳)と旅行に行ってまして、昨日帰ったばかりなんですよ。
天野 本当にお元気ですね。失礼ですがおいくつでいらっしゃいますか?
桐ヶ谷 92歳です。
天野 えー!信じられません。ご趣味はゴルフと伺いましたが…
桐ヶ谷 毎週水曜日はゴルフのコンペに参加してます。100を切るのが目標なんです。
天野 私もゴルフが趣味で目標は同じく100。先日も行きましたがなかなか100を切れません。
桐ヶ谷 そうですか、一緒ですね。最近は少し時間の余裕ができたのでパソコン教室にも通いはじめました。
天野 (驚く)すごいですね。ズバリ健康で長寿の秘訣は何でしょうか?
桐ヶ谷 朝6時半のラジオ体操、そして水シャワーの後にマッサージ機にかかります。旅行にいってもラジオ体操のテープを持参してやりますよ(笑)これを30年以上続けています。それだけですよ。何でもいいけど自分で良いと思ったら続けることだね。継続は力です。
天野 若い頃から健康だったんですか?
桐ヶ谷 とんでもない、病気は一通りやりました。2年程前にも歯茎のガンで歯茎を約半分切り取りました。ほらね。(と見せる)これは偶然歯科医で見つかってすぐに病院を紹介してもらい、ラッキーでした。私の座右の銘は「平々凡々な生活がいちばん幸せである」です。全て自然体で受け止め、今が一番幸せと考えてきました。だからこれまで元気でいられたのは、くよくよしない前向きな気持ちと継続力があっただけのことなんです。
天野 その気力が若さの秘訣なんですね。
桐ヶ谷 よく敬老会などに行くと私は言うんです。“もう年ですよ!”はダメ。“これからですよ!”と励ましてくるんです。
天野 桐ヶ谷さんに言われると説得力があります。

感情豊かな生活を

桐ヶ谷 そう、私は声が大きいから更に聞きやすい、とも言われますね。
天野 本当にはっきりとお話しされる。その声を聞くだけで私もパワーをもらえる感じがします。私は新倉理事長に最初にお会いした時、話し声が小さいよ、と注意されました。「声に人柄が出るんだよ」と言われ、以来なるべくはっきりと話をしようと努力しています。でも、なかなかできず難しい…
桐ヶ谷 「三浦よいとこ」を聞かせてもらったけれど、暖かくて明るい声でしたよ。民謡の方の声は皆さん、本当にいいよね。大好きです。
天野 ありがとうございます。新倉理事長に曲をつくっていただく事ができ、更に歌唱指導までしていただきました。その時に「もっと感情豊かに唄いなさい。生活の中でも感情豊かでないとダメだよ。声が人柄に出るんですよ。詞を大切に唄いなさい。」とご指導いただきました。本当に勉強になります。師匠である高橋キヨ子先生からも「唄の歌詞をはっきり明るく唄いなさい」といつも言われています。最近は民謡を唄う時も詞の意味を考えるようになりました。相手に伝わるように心を込めて唄わせていただいています。
桐ヶ谷 「漁火」も本当に素敵な曲ですが、「三浦よいとこ」親しみやすくていい曲ですよね。最近では城ヶ島の土産屋でも流れてい
ると聞きました。
天野 城ヶ島は昨年(平成19年11月末日)観光船も廃止になったそうですが地元の人が歌に残った、うれしい事だと喜んで下さっているとか。又、こんないい曲を三浦でひろめないのはおかしい!とまで言って下さる方もいるそうです。町おこしの一助になれたらうれしいですし、私も頑張っていきます。
桐ヶ谷 私も地元の者として、アピールしていきますよ!声に人柄が出るのもそうですが、踊りも現れますよね。若竹の踊りは勢いがあって勇気をもらえます。

photo01民謡を通じて日本の心を

天野 本当にそうですね。私は民文連で三味線の講師をさせてもらっています。裏方の仕事など様々な所で若竹とお会いするんですが何でも一生懸命取り組んでいます。ああこういう姿勢が踊りに現れるんだなと感じ、大変勉強になります。私の唄で若竹の皆さんに踊ってもらえる歌手になれる様、頑張っていきます。ところで桐ヶ谷さんは今の日本をどう思
われますか?
桐ヶ谷 精神文明が日本は遅れていると思います。学校では道徳の時間も無くなったとか。昔は、これで当たり前という事が存在したが今は何も無い。教育が大事です。日本の心を取り戻せと言いたいね。
天野 私も文化に携わる者として民謡の心を通じてあたたかい絆と日本文化の大切さを感じてもらえるように頑張りたいです。
桐ヶ谷 私は地域貢献一筋に、いろいろな活動をしてきました。防犯、福祉、環境などの会で会長・役員を務め、横須賀市の連合町内会長連絡協議会会長もずいぶん永くやってきました。近所の子供を海水浴に連れていったり、町全体が家族
になればいいなと思ってやってきました。町の為に、人の為につくしていこうという心からです。私の長男が今、創価大学の副学長をやらせてもらっています。孫にも2人学校の先生をやってるのがいるんですが教育の現場でも頑張ってもらい又家庭でも人のために働くことを教えてほしいと思います。
天野 本当に大切なことですね。民文連との出会いはいつですか?
桐ヶ谷 尺八の教室に入ったことからです。娘が琴を習い役員になったのが始まりです。民文連の草創期ですね。文化祭を小田原で開催した時は民文連が出演することになり、その稽古が終ると先生が帰るバスが無くなってしまうので毎週夜
9時すぎに元箱根まで迎えにいきました。おかげで「箱根にいい人がいるらしい」(笑)なんて笑い話ができました。みんな一生懸命でした。楽しかったですね。天野さんはどうして民謡歌手になったんですか?
天野 6歳の時、近くの親戚の家でひらいていた民謡教室に習いに行ったんです。でもプロになるとは思いもしませんでした。学校を卒業してから高橋キヨ子先生に師事し、津軽三味線は竹井先生から教えていただきました。その時はOLをしていましたが次第に民謡の世界で生きていきたいと意
識が高まり、遅咲きでデビューをさせていただき今年が7年目になります。「漁火」は2作目の作品で初めてカラオケにも入れていただき感謝で一杯です。
桐ヶ谷 そうなんですか。私も民文連活動を通じて民謡が大好きになりました。でも今は、民謡が元気がないと言われ残念でなりません。

民文連の勢いを民謡界に

天野 民謡は日本人の心の唄です。大切に伝えていく使命があると思っています。民謡は同じ唄をいろんな個性の方が唄います。その人なりの年齢で表現し、その人の人間性が表れる所がおもしろいし、難しい所でもあります。今はまだまだ勉強中で自分にあったジャンルを探し当てたいと勉強し
ています。新倉理事長と出会いジャズから音頭まで何でも挑戦させていただき本当に勉強になり、感謝しています。素晴らしい出会いです。私は今、民文連の勢いが民謡界に轟きわたってきているのを実感しているんです。
桐ヶ谷 民文連は創立40周年にむかって更に加速度を増し前進しています。民謡再生の使命に燃えて、私もまだまだ元気一杯、人生これから と頑張っていきます。
天野 私も頑張ります!!今日はありがとうございました。


PROFILE

桐ヶ谷専一(きりがやせんいち)
神奈川県横須賀市在住。大正4年7月生まれ(92歳)横須賀市連合町内会長連絡協議会会長、衣笠地区社会福祉協議会会長など数々の地域役員を歴任。現在、民文連副推進委員長、清光会後援会会長として活躍。

天野りえ(あまのりえ)神奈川県海老名市在住。平成4年、津軽三味線を学びながら民謡を高橋キヨ子に師事。平成5年、千葉県房総民謡大会 優勝CXTV少年民謡大会等に出演。現在、師と共に地方公演・舞台等に出演。又、お囃子、津軽三味線の演奏で多数のレコーディングに参加。

 

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◇藤堂輝明◇高山亀雄
機関紙 平成19年9月 第57号

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司会 本日は、新対談コーナー「人生万才」に藤堂輝明さんと高山亀雄さんにご登場いただきました。早速ですが、お二人は、どこでお知り合いになったのですか?
藤堂 私たちは、九州は久留米出身の同郷でなんです。高山さんは一族で、銀座・赤坂・新橋に「有薫」という九州郷土料理の店を経営されている方で銀座店の店主である高山さんの実のお姉さんを通して知り会いました。
高山 初めてお会いしてから、何年になりますかね。私の姉は、今、96歳ですが、藤堂先生の大ファンなんですよ。すごか人じゃと言うとります。
司会 お姉様が96歳とうことは、高山さんは、おいくつになられましたか?
高山 はい、今年91歳になりました。
藤堂 本当に元気ですね。今も、現役で毎日、赤坂のお店に出られているんですね。常連には、各界の有名人がたくさんいて、高山さんに癒されに来ると聞いていますよ。実は、私もその一人なんです。九州弁そのままで話しながら、ふるさと九州の味を満喫できます。馬刺しや沢山の海の幸、めずらしいところでは、有明海の味むつごろうも楽しめます。毎日空輸されたものだから新鮮です。元気にならない訳がないですよ。
司会 高山さんは、皆さんから“とうちゃま”とか”カメさん”と呼ばれているそうですね。
高山 はい、お客さんや、周りの人に大事にしていただいて感謝・感謝です。 戦争にも行ったのですが生きて帰ることができました。

逆境こそ成長の因

藤堂 若い頃は、大変なご苦労をされたそうですね。
高山 私の青春時代は、親の事業の失敗による苦労と戦争の真っ只中にありました。苦労して陸軍幹部候補生の試験を受け、少尉としてシンガポールやマレーシアにも行きました。クアラルンプールでは、捕虜生活も経験しました。辛かったですが私は「何でも良いほうに考える」様にしていましたから、なんとか生き抜いて来られたと思います。でも戦争は、二度と起こしてはいけません。
藤堂 まったく、その通りです。私の若い時は、芸人一家に育ち、食べるものにも事欠く時代でした。楽しいことより辛いことの方が多かったです。でも、苦しいほど喜びも大きく感じます。人からは、よく逆境に強いと言われますが、若い時に苦労した事が、後の人生に必ず生きると言えますね。
司会 ご苦労を乗り越えられてこられたお二人の元気の秘訣は、なんですか?
高山 まず、毎日お店に出ること・働くことが楽しい・今日は、どんな人と出会えるかと思いながら働いていますが、そういうことが健康につながっていると思います。あとは、好き嫌いなく、何でも食べることや、絶対無理は、しないことですね。ホームドクターを持ち、体調には、いつも気をつけていますよ。
藤堂 私も、好き嫌いなく食べますよ。又、舞台人ですから、体調には、いつも気をつけています。仕事で地方に行くことも多いのですが、出来る時は、ジョギングもしています。また、高山さんがおしゃっていましたが、周りに感謝する、その心が一番大事だと思います。心と体が健康であることで、はじめて、よい仕事が出来ます。お客様に喜んでいただきたいですからね。

photo01報恩を胸に日々全力投球

高山 そうですね。人との出会いも健康を維持していく上で大切なことですね。私も、昭和34年に東銀座に姉が1号店を開いて以来、これまで、たくさんの方々との出会いが私を支えて下さいました。その中で印象に残るのは、、直木賞作家の壇一雄氏の言葉です。「何のその、百年後は、塵芥」「カメしゃん、今日いくら儲けて、生涯でたくさん儲けて、大金持ちになったとしても、百年後生きている孫たちは、ああ、じいさんは金持ちだったな、ぐらいにしか思わんよ。よほどの名声を誇っていた人でさえ、後世まで名前が残っているのは,ほんのひとにぎり。だから、今日という日を一生懸命生きることじゃ。生きて世に恩返しをする様になると、充実感が生まれてくる。日々充実していれば、こんなうれしいことはなか。あまり、先のことまで思い悩まんほうがよか。」この言葉がいまの自分に大きく影響していると思います
藤堂 私も、東京に出てきて今年で民謡歌手45周年を迎えます。最初は、アルバイトをしながらの勉強でした。民謡酒場でも働きました。その頃、唄を教えてくださった師匠や周りで応援して下さった皆さんのお陰でここまで来られたと、心から感謝していますし、益々頑張りたいと思っています。

民謡は日本人のエネルギー

司会 9月には、45周年を記念して新曲が発売されるそうですね。それに記念の公演もあるそうですね。
高山 それは、すごい!おめでとうございます。
藤堂 そうなんです。9月24日(祝月)九段会
館で「民謡音楽会」〜人と我と45年〜と題して、民文連舞踊団「若竹」をはじめ、ゲストの皆さんやお世話になった沢山の方々にお越しいただき賑やかに楽しく開催していきたいと思っています。又、45周年を記念しこの度、新倉理事長に作曲をお願いし、「男の大地」という素晴らしい作品を頂戴しました。北海道開拓に命をかけた“依田勉三”をモデルに創作された楽曲です。お越しいただいたお客様が益々元気になる様に一所懸命頑張ります。
司会 民謡には、日本人の心を揺さぶるエネルギーがありますね。聴いていると心が暖かくなり元気になります。
藤堂 そうなんです。私は、よく養護老人ホームの慰問に行くのですが、ある時、車椅子に乗り集まってくるお年寄りの顔がなんとなく元気が無い時がありました。真心込めて唄い続け、ショーの終わりに頃には、皆さんの笑顔がはじけ、顔に赤みが差していました。本当に嬉しかったです。これからも、民謡を通して、社会のお役に立って行きたいと思っています。高山さんも、以前から、老人ホームの慰問を続けられているのは、地元では有名ですね。
高山 はい、毎年9月15日の敬老の日には、ふるさと久留米市にある養護老人ホームを慰問しています。昭和37年が最初ですから今年で45回目になりますね。
司会 一言に45回と言っても、大変なご苦労があったことでしょうね。
高山 はい、はじめの頃は、偽善だと中傷を受けたことがありました。私は、偽善と言うなら死ぬまで続けてみせようとかえって闘志を燃やしました。また、ある人は私に「若い人に慰問してもらう年のおまえが、お年寄りを慰問して酔狂な」と言われますが、年をとっても、人のお世話ができ、喜んでもらえるのは幸せです。だから、他人のためでなく、自分のためにしようと考えています。「来年もお会いしましょう」と言ってくれる人がいるかぎり、続けるつもりです。だから、皆さんにさよならとは、決して言わないんです。

今こそ教育の原点に

司会 益々、ご活躍のお二人ですが、今の若い世代に伝えたい事はありますか。
高山 今の時代、もう一度教育の原点に帰ることが一番大事だと思います。学校の教育方針は勿論のこと、家庭での教育も、もう一度考え直すべきだと思います。このままでは、日本は、危ないと危惧しています。
藤堂 私も、同感です。今の現象は、私たちの世代に責任があると反省すると同時に日本の良き伝統文化を復活させていくことが、必要だと思います。そのためにも、私は、民謡を通して、頑張りたいと思います。
高山 そうですね。まだまだ、私たちがやらねばならぬこと事がたくさんありますね。いっしょに頑張りましょう。


PROFILE

藤堂輝明(とうどうてるあき)
昭和17年福岡県久留米市生まれ。昭和36年に全国大会で優勝。現在コロムビアレコードに所属。男性民謡歌手四天王の一人として活躍し民謡界をリードする。

高山亀雄(たかやまかめお)
大正5年福岡県久留米市生まれ。昭和27年久留米市内に姉カツヨと共に九州郷土料理店「有薫酒蔵」を開店。現在グループ5店舗を経営する。平成18年に社会文化功労賞受賞。

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